この記事は現在、プロジェクトメンバーによる査読中のものです。草稿段階ですので、内容・表現の正確さについて責任を負いかねます。 リンクを正しく張れていないところが存在しますのでご注意ください。 正式公開まで、いましばらくお待ちください。
オートジャイロの静安定性

まず,機体の安定性という言葉の意味がよく分からない人は, 静安定性と動安定性 を先に復習しておいて下さい.また,機体の重心位置が重要なトピックになりますので, オートジャイロの重心を求める の内容が分かっていると望ましいです.

安定に釣り合い状態で飛行しているオートジャイロが,擾乱(例えば下からの突風)を受け,機体全体が少し上に向いたとします.このとき,機体はどのような反応を示すでしょうか?もし,擾乱を打ち消すよう,機首を下げようとするモーメントが発生するなら静安定性は正,ますます機首を上げようとするモーメントが発生するなら,静安定性は負だと言えるでしょう.

Joh-gyro6.png

オートジャイロに働く力

このとき,決め手となっているのは,機体の働くピッチング・モーメントの反応です.機体に作用している重心回りのピッチングモーメントには,発生源別に分けると主に 4 種類があります.

【機体に作用しているピッチング・モーメント】

  1. プロペラ推力
  2. 水平尾翼の揚力
  3. 胴体に働く空気抵抗
  4. ローター推力

これらを一つずつ検討してみましょう.

プロペラ推力

プロペラ推力は,主にエンジンの回転数,プロペラのピッチ角(固定ピッチプロペラの場合は一定),飛行速度の 3 つに寄ります.しかし,いま考えているような機体迎角の微妙な変化には,ほとんど影響されません.

そこで,プロペラ推力の発生するピッチング・モーメントは,擾乱を受ける前の平衡状態時とで,ほとんど変化しないと考えられます.

水平尾翼の揚力

水平尾翼の揚力は,迎角が増えれば増加します.次図を見れば分かるように,機体全体の迎角が増加したときに水平尾翼が発生する揚力は,機首を下げようとする向きです.よって,水平尾翼は機体を安定化させる方向に働きます.

Joh-GyroStabHor1.gif
[*]これは水平尾翼が重心位置よりも後ろに取り付けられている場合の議論です.水平尾翼を前方に取り付ける場合(カナード式),逆に水平尾翼の揚力は機体を不安定にします.しかし,通常オートジャイロの水平尾翼は機体後部に取り付けるものですので,このような特殊な場合は考えないことにしましょう.

胴体に働く空気抵抗

水平尾翼の議論と同じで,機体に胴体部分に働く空気抵抗は,空力中心が重心より後ろにあれば機体を安定化,重心より前にあれば不安定化させるように働きます.

Joh-GyroStabFusel1.gif

空気抵抗の計算は非常に難しく,一般に迎角に応じてその空力中心は前後に移動します.しかも空気抵抗の働き方は機体の全体的な形状によりますので,一概に定性的な議論は出来ません.正確に調べるには,数値シミュレーションや風洞実験を繰り返さなくてはなりません.しかし,多くの場合,胴体に流線型の整形覆いを取り付けると,空力中心は前方に移動し,機体を不安定化させるように働くようです.

[†]カッコいい流線型の覆いをつけている人は,なるべく大き目の水平尾翼を取り付けた方が良さそうです.

ローター推力

ローターの出す推力は他の抵抗などに比べ圧倒的に大きいですから,ローターの生み出すピッチング・モーメントを知ることが一番重要です.しかも,擾乱に対してローターの発生するピッチング・モーメントは,重心の位置やローターシャフトの配置などによって変わってきますので,細かな考察が必要です.

まずローターには『迎角不安定性』という性質があります.ローター全体の迎角が擾乱によって増加すると,ますます迎角を大きくする方向にピッチングモーメントが発生していまうという性質です.これはオートジャイロ,ヘリコプターの区別なく,ローターに固有の特性です.

Important

(性質1)ローターには迎角不安定性があります.

ローターの迎角不安定性の理由は ローターの迎角不安定性 を参照して下さい.ローター全体が後傾する現象を,フラップ・バックと呼ぶことにします.また,ローター全体の迎角が増加すると,単純に全体の推力も増加します.

Important

(性質2)ローター全体の迎角が増すと,全体のローター推力も増加します.

以下,この二つの性質を前提として議論を続けます.理屈がよく分からない人も,この二点はとりあえず覚えて先に進んで下さい.

機体重心の水平位置

(1)重心がローター推力線の後ろにある場合

まず,(性質2)よりローター推力は擾乱を受ける前よりも増加しますが,これは次図のように機首上げピッチング・モーメントとして働きます.

Joh-GyroCase1.gif

ひとたび迎角の増加したローターは(性質1)により,そのまま迎角を増加させ続けようとします.機体の機首上げが止まっても,ローターだけはそのまま全体にフラップ・バックを続けますが,次図のようにローターの迎角が増すことで,ローターの推力線が後傾し,モーメントアームが長くなるので,機体にかかる機首上げモーメントは更に大きくなります.もちろん,ローター面全体が後傾することによる推力増加もこれに拍車をかけます.

Joh-GyroCase2.gif

結果として,重心がローター推力線の後ろにある場合は,機首上げ擾乱に対し,機首上げモーメントは次第に大きくなっていき,機体は後ろ向きにひっくり返ります.この不安定性の悪循環をフローチャートに要約すれば次図のようになります.

Joh-GyroCase3.gif
[‡]ここでは最初の擾乱として機首が上がった変化を考えましたが,機首が下がる場合もまったく同様の議論により,機体は機首をますます下げる方向に反応することが言えます.経験の浅いパイロットでは,機体を安定化させようと,つい過剰な操舵をしてしまい,結果として更に危険な振動状態に陥ることが知られています( PIO 参照).
[§]このようなマイナスの安定性を持った機体は,ほんのちょっとしたことで不安定になりますから,パイロットは慎重に適切な操舵をすることが望まれます.しかし,一輪車に上手に乗る人がいることと同様に,このような不安定なオートジャイロでも習熟すればそれなりに乗りこなす人がいます.しかし,上手に一輪車に乗れる人がいるからと言って一輪車を安全な乗り物だとは言えないことと同様,不安定なオートジャイロに乗れる人がいるからと言って,危険な設計が許される道理はありません.

(2)重心がローター推力線の前にある場合

この場合,ローターそのものの擾乱に対する反応は同じですが,(性質2)によるローター推力の増加は機首下げモーメントとして作用しますので,機体を安定化させる方向に働くことが分かります.

Joh-GyroCase4.gif

ただし,(性質1)によってローター面全体が後傾すると,モーメントアームは短くなりますので,せっかく発生した機首下げモーメントを弱めるように働きます.今回は,(性質1)と(性質2)が逆に作用することになります.しかし,結論としてどちらの作用の方が強いかと言えば,ローター推力増加による影響が圧倒的に大きく,機首下げモーメントが発生することになります.

重心がローター推力線の前にある場合は,機首上げ擾乱に対して機体は安定性を示すと結論づけることができます.

Important

(結論)機体重心の水平位置は,ローター推力線より前でなければなりません.

重心位置の垂直位置

ここまでに機体重心の水平位置と,ピッチング擾乱に対する安定性を論じてきましたが,重心位置の上下方向の位置も重要です.

[¶]通常の前後に細長い飛行機では,上下方向の重心位置がそれほど重要にはならないのですが,オートジャイロのように前後にも短く,全体にコロッとした航空機では,前後方向の位置と同様に上下方向の重心位置も重要です. オートジャイロの重心を求める を参照して下さい.

いままでの議論の結果を踏まえて続きを読んでください.

重心位置が非常に低い場合

機体重心の位置が非常に低く,プロペラ推力線よりも下にある場合を考えます.

Joh-LowProfile1.gif

この場合,プロペラ推力は機首下げモーメントを発生しますから,釣り合い状態で飛行するにはローターが機首上げモーメントを発生し,モーメントを相殺しなければなりません.(水平尾翼は釣り合い状態では揚力を発生しないとします.また,胴体に働く抵抗は無視します.通常,低速で飛行することの多いオートジャイロでは,ローターとプロペラという圧倒的に大きな推力発生源に対し,胴体に働く空気抵抗は非常に小さいので,この近似は妥当なものです.)

ローターが機首上げモーメントを発生するということは・・・,さきほど見た『重心がローター推力線の後ろにある場合』に当たります.

Joh-LowProfile2.gif

つまり,重心をプロペラ推力線よりも下に配置すると,必然的に重心をローター推力線の後ろに配置せねばならなくなり,ピッチング擾乱に対して不安定となるのです.

[#]安定性と聞いてヤジロベエのようなイメージを持っている人は,重心を下げれば下げるほど安定するだろうと早とちりしがちです.ヤジロベエのように固定点を持つ物の安定性のイメージを,そのまま宙に浮いている航空機に当てはめるのは大間違いです.実際に,重心が低い位置にあるオートジャイロは非常に危険ですが,このような設計が後を絶たないのは,勉強不足の設計者が,ヤジロベエのような間違ったイメージを持っているからかも知れません.

重心がプロペラ推力線の上にある場合

この場合,プロペラ推力は機首上げモーメントを発生しますので,釣り合い飛行をするには,ローターが機首下げモーメントを発生することが要請されます.すなわち,ローター推力線が重心よりも後ろに来ることになり,これは既に見たように, ピッチング擾乱に対して安定な配置 です.

[♠]オートジャイロのピッチング擾乱に対する安定性は,このように前後方向および上下方向の重心位置によって本質的に変わってきます.プロペラ推力線が高い位置にある場合(つまり重心位置が低い場合)の危険性は以前から一部のオートジャイロ愛好家に認識されていましたが,これに対する対処法として『プロペラ推力線が重心位置を通るようにする』(センターライン・スラスト)という控え目な方策が議論されただけでした.この配置においては,釣り合い飛行をするためにローター推力線をも重心の近くに配置する必要があり,全てのモーメント発生源が重心付近に固まりますので,結果としてローターの発生するモーメントはいずれにせよ非常に小さくなります.プロペラ推力線とローター推力線がどちらも重心を通れば,これは完全に中立安定になります.安定性は,負よりは中立の方がずっとましですが,できれば正であるに越したことはありませんし,わざわざすき好んで安定性を中立にする必要性は無いように思います.重心はプロペラ推力線の少し上に来るのが望ましいと言えます.

まとめ

機体重心の位置は,ローターシャフトより前,プロペラ推力線よりも上に配置されるのが,ピッチング擾乱に対して安定です.水平尾翼は,重心位置よりも後ろに装備されている限り,常に安定性を増すように働きます.流線型の整形覆いは,通常,安定性を悪化させるように作用しますので,整形覆いを新たに取り付けた場合,水平尾翼を少し大きめにする等の補修を併せて行う必要がある場合もあるかも知れません.

また,特に機体特性としてのピッチング安定性は,プロペラ推力線の位置に非常に強く影響を受けることが分かっていますので,重心とプロペラ推力線の位置関係は十分に計測する必要があります.機種によっては重心位置が \pm 5 \  {\rm cm} 程度ずれただけで危険なピッチング振動を起こしますので,場合によっては燃料やパイロットの体格・体重による影響も考慮しなければならないでしょう.二人乗りのオートジャイロに一人で乗る場合には適当なバラストを乗せるなど,重心位置には細心の注意を払ってください.

[♥]具体的な機種名を出して良いか分かりませんが,エアコマンド社の複座型オートジャイロは,非常に重心位置が低い位置にあり,ピッチング安定性に問題があることが指摘されています.イギリスでは 1991 年に 6 件の墜落事故により 7 名の犠牲者が出たため,このタイプのオートジャイロは飛行禁止になっています.日本でも 8 件の墜落事故で 9 名の方が亡くなっていますが,現在のところ,航空事故調査委員会では事故原因を全て『 パイロットのミス 』として片付けており,飛行禁止などの処置も取られていなければ,原因の究明も十分になされてはいません.

Important

航空機の事故は人命に関わる大事故につながります.この記事は,議論を非常に簡単化しています.決して,これだけで安定なオートジャイロが自分で設計できると思い込まないで下さい!!自作オートジャイロで飛ぶのは,十分な勉強と試験を重ね,理論的な検討と実験を重ね,実機が完成したあとも地上試験,ジャンプ飛行等を十分に繰り返し,専門家や経験者の意見をよく聞いた上で慎重に行うようにして下さい.