これからいくつかの記事を通して, 物性物理で扱われる絶対零度におけるグリーン関数の理解を目指します. いくつかの定理などの証明は省略して,要点の俯瞰をする方針で行きます. 参考文献として,下に書くMahan先生の本を挙げて おきます.このシリーズでは とします. 前の記事は ダイソン方程式と自己エネルギー です. この記事が最後です.( 目次 )
この記事ではフォトンのグリーン関数を求めます. フォトンには偏光の方向があり,少々厄介なので後回しにしたのです. スピン無しの電磁相互作用のハミルトニアンの非相対論的極限は,
となります.以下では や は もしくは を表すものとします. は偏光の自由度です. ベクトルポテンシャル は,
となります.生成消滅演算子 はボゾンの演算子です. はフォトンの進行方向を向く波数ベクトル, は偏光の自由度を表すラベルで, はそれらから指定される実際の変更方向を表すベクトルです.クーロン相互作用とフォトン相互作用は本来同じ相互作用であり,ゲージを設定したことで分離されます.ここでは,クーロンゲージ を用いることで,スカラーポテンシャル がクーロン相互作用,ベクトルポテンシャル がフォトン相互作用にそれぞれ対応するようになります.真空中のスカラーポテンシャル
はグリーン関数
を持ちます.この相互作用は今回の話では瞬間的に伝わる(遠隔作用)という近似をします. このグリーン関数は既に ウィックの定理 で出てきています. 実際これは縦方向(波数ベクトルの方向)ポテンシャルのグリーン関数なのです. この瞬間に伝わる性質から,周波数依存性はありません.
ファノン相互作用で相互作用する二つの電子はフォノングリーン関数 と頂点 に対して,
で表されました.これに対応して,電子電子相互作用では, がグリーン関数であり,頂点は を表すと見なすことが出来ます.このどちらもグリーン関数として扱われるのです.それならば,ダイソン方程式がクーロン相互作用にも適用できるはずです.
因子 は自己エネルギー,もしく偏極演算子です.ここから簡単に引き出せる議論があります. 等方的な誘電率 を持った一様媒質中のマクスウェル方程式を考えます.
これらを解くと,ポテンシャルを使って次の様に表せます.
最初の式を電荷密度を点電荷 として でフーリエ変換すると,
となります.これを式 と式 と比較することで,
ここでは 依存性を含むように一般化しました. この式は縦方向誘電関数の定義式になります. クーロンポテンシャルの自己エネルギー部分から求まるのです.
ここで非摂動の相互作用 の形を求めておきましょう.フォトンの場合,これは式 の運動エネルギーに相当する部分からで二つあります.
と
です. は荷電粒子密度です.
ベクトルポテンシャルのグリーン関数(フォトンのグリーン関数)の表式は,
となります. の和は光子の横方向(波数ベクトル に対する2つの垂直方向)成分の和です. はそれぞれの成分の偏光ベクトルになります.絶対零度における自由なグリーン関数は と を光子の真空として,次で表されます.
ここで, は に依存しないことを使い, を省略しました. そのフーリエ変換は,
ここで がよく分からないのではないでしょうか. これはベクトルのダイアド積と言います.その性質は何らかのベクトル を用いて,
が成立します.さて,単位テンソルは次のようになります.
テンソルは座標系に依らないので, を使っても,
となります.
これを行列として具体的に考えてみましょう. として,例えば
とします.よって, の 成分をゼロとおく計算で,
と出来ます.
となります.一般の場合は, を軸とした回転行列 として とすれば同じ結果が得られます. だからです.
話がそれましたが,これで式 が求まりました. として
です.これをフォトングリーン関数と呼びます.
忘れないで欲しいのは,これは採用するゲージの条件により変わってくると言う事です. クーロンゲージの採用により,「フォトン」はベクトルポテンシャル部分に決定されます.
フォトンのグリーン関数もまたダイソン方程式に従います.しかし,この場合行列(2階テンソル)の量なので 添え字の扱いには気を付ける必要があります.電子のグリーン関数は,
これはスカラー関数でしたから,
一方,フォトングリーン関数は,
を満たします.ここで は3×3行列の自己エネルギーです.それぞれの項は の関数です.しかしながら,一様媒質ではすべての行列量は,
と書けます. はスカラー量です. ここで,行列積部分を抜き出すと,
よって,フォトングリーン関数にはスカラーのダイソン方程式があって,
つまり,フォトン自己エネルギーでは横成分はその縦成分 には依存しません.実際の媒質では,一様と言うよりは周期的ですがもう少し複雑になります.その時には式 から始めて,実際に成分 を求めて計算します.
誘電関数が の一様媒質で,式 のベクトルポテンシャルの方を考えます.時間の二階微分が 倍されます.これはグリーン関数に の寄与をするので,正しいグリーン関数は,
です.これをダイソン方程式に入れて を求めると,
しかし,これが何らかの結晶だと誘電率はテンソルになり,この議論は成立しません. 結晶中では,
となります.
縦とか横とかよく分からなかった方の為に補足しておきます.
ダイアド積,もしくは行列 は任意のベクトル に作用することで,
となります. これは,ベクトル に含まれる 軸方向の成分です.これを縦と呼んでいます. 当然,これを から引いた残りのものは横成分となります.
それを踏まえて,グリーン関数 の意味を考えておきましょう. などは基本ベクトルです.つまり, 方向を向いた単位ベクトルです.グリーン関数の定義である式 を再び書いておくと,
他のグリーン関数とやっていることは基本的には同じです. として,全ハミルトニアン の基底状態 を まで時間発展させ,波数 のフォトンを作り出す,もしくは, を消す.そこからさらに まで時間発展させ, となる.もう一方で,同じく基底状態を まで時間発展させてから 波数 のフォトンを作り出す,もしくは, を消す.すると, となる.後者の中にある前者との共通の状態の確率振幅がグリーン関数です. この時,フォトンがベクトルとしての量であるために偏光を持ち,グリーン関数には添え字が付きます.
この「おまけ」の議論から,恒等演算子を とすると,
は に直交する二次元空間(偏光面)への射影演算子であることが分かります. これを と で挟みます.すると,
となり,これはまさに や のテンソル部分です. つまり,スカラーだった時のボゾンのグリーン関数 に の方向を持たせ,偏光面に射影する.そして,その射影によって生じる の成分量を掛けたものがフォトングリーン関数と言う事になります.
つまり,この式 は何らかの(必ずしも偏光面にはない)ベクトル量 に掛かることを想定していて,まずそのベクトルを 方向へ分解し,それぞれの 成分が偏光する(波数ベクトル方向を除く)ことでどれだけ へ寄与するかを表しているのだと思います.
ただし,これは等方媒質中の話です.一般には誘電関数 がテンソル に変わり,それぞれの成分を式 に入れて計算すると言う事のようです.
時間順序が逆の場合は, と , と が入れ替わった状態で同様の確率振幅になっています.その際,ボゾンゆえ符号は変わりません.
これで一連のグリーン関数の記事は終わりです.お疲れ様でした.