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双対原理

まず,ここまでに勉強したことをまとめて,射影幾何の枠組みについて,もう一度考えてみましょう.ユークリッド幾何学では,最初に五つの公理,五つの公準を決め,ここを出発点として,あとは数百に及ぶ定理が整然と論理的に導かれているわけですが( 参考1 ),ユークリッド幾何学とは異なる,射影幾何学という分野を考える上での,出発点となる公理は何でしょうか.

ユークリッド幾何と共通の部分は,少し記述を割愛します.この記事はガイドラインのようなもので,厳密に興味のある人は自分で本格的な本を読んでください.(ネット上の記事で厳密な勉強をしようとする人なんていないとは思いますが.)公理と言うと何だか大仰ですが,今までに考えて来た中心投影の性質を,基本公理として抜き出すだけですので,今までに勉強した内容が直観的にイメージできていれば,別に難しい話はありません.射影幾何で基本的な構成要素となるのは,点,線,面ですが,これらの概念は公理的に与えられるものとします.

射影幾何の公理

射影平面上では, 中心投影と無限遠点 で見たように,『射影平面上の点は視点を通る直線に』『射影平面上の直線は視点を通る平面に』もれなく対応させることが出来ました.ただし,射影平面とちょうど平行で,視点と同じ高さにある平面内の直線は,射影平面上の 無限遠点 に対応させることにしました.

Joh-PerspectiveProj01.gif

平面 e だけ見ている限り,無限遠点と言われても何だかイメージが湧かないと思いますが, b 平面上の消失点は単なる普通の点ですから,『 e 上の点や線と, b 上の点や線の対応』を例外なく行うには,無限遠点をわざわざ区別しないで,普通の点のように扱う必要が出てきます.無限遠点という,ちょっと得体の知れないものを,普通の点と同等に扱うという態度を最初に表明するのは勇気の要ったことだと思います.

Joh-DualityPrinciple02.gif

それぞれの平面に無限遠点を付け加えてみた.

もともとは,絵画で使う遠近法の理論として発展した射影幾何ですが,このように無限遠点を付け加えることで,二つの平面の間に,例外なく点と直線の対応をつけることが出来ました.射影幾何とは,このような中心投影による図形の変換(射影変換)で不変な図形の性質を調べる分野ですが, 直線は直線に移される という射影の性質の重要性も,再度ここで強調しておいても良いと思います.(『光を当てて影を作る』という射影のイメージに従えば,光は真っ直ぐにしか進みませんから,直線の影が曲線になるようなことは決してないことが直観的に了解できると思います.)さて,ユークリッド幾何学の基礎となる公理系には,第五公準,またの名を平行線公理として知られる次の公理は含まれていました.

axiom

【平行線公理】平行線は交わらない.

しかし,先ほどから見ているように,無限遠点を導入した射影平面の幾何を考えるとき,射影変換を自由自由に使うとなると,平行線も平気で交わりますから,射影幾何の基礎となる公理には,もっと条件の緩いものを据える必要があります.こうして,射影と言う写像によって不可避的に平行線公理は取り除かれ,代わりに次の二つを幾何学の公理として置くことにします.(無限遠点を付け加えることで,平行線も公理1を満たす点をもう一度確認して下さい.)

axiom

【公理1】異なる二直線を決めれば,交点が一つ決まります.

axiom

【公理2】異なる二点を決めれば,直線が一つ決まります.

この二つの公理は,点は点に,直線は直線に移すという中心投影の性質を表わすものです.他に,射影幾何の基礎となる公理に次のものがありますが,今のところ,あまり平面については議論をしてませんので,公理3はしばらく使いません.

axiom

【公理3】異なる三点を決めれば,平面が一つ決まります.

ここで,公理2と公理3に注目してみて下さい.(これらは公理なので,『なんで?』は言わない約束です.出発点として,受け容れましょう.)公理2と公理3は,文章の構造としては同じ形をしていて,互いに『直線』と『点』という言葉を入れ換えた形になっていることが分かります.お互いに相手の裏返しになった一対のものを,数学では 双対 の関係にあると言いますが,公理2と公理3は,まさに双対の関係になっています.

点と線に関する公理が双対の形になっているということは,この公理に基づいて証明された定理で,点に関する定理があれば,その文章をそっくりそのまま直線に置き換えても成り立つということです.(逆に,直線に関する定理の文章を,そっくりそのまま点に置き換えても同じことです.)

[*]異なる平面と平面の共通部分は直線になり,その直線とさらに異なる平面との共通部分は点になります.つまり,三つ平面があれば,空間中でも一点を決めることが出来ます.これは公理3の双対の形になっていますから,空間図形では『点⇔面』という双対原理を用いることが出来ます.正多面体の双対関係には, 正多面体群2 で多少触れていますので御参照下さい.空間の場合,直線の双対はやはり直線で(直線は二点決まる⇔直線二つの面で決まる),このように双対が自分自身であるものを,自己双対と呼びます.

双対原理

前セクションの議論に従うと,次のような強力な原理を導入することが出来ます.

Important

【双対原理】射影平面内の幾何に関して,定理で用いられている『点』に関する用語と『線』に関する用語を,そっくり入れ換えれば,入れ換えて作った定理も成り立ちます.

さっそく,双対原理の威力を感じるべく,幾つかの例を見ていきましょう.『点』と『線』に関する用語を入れ換えるというのは,具体的には,次表の右と左の列に対応する用語を入れ換えるということです.

双対原理
点列
線束
点が同一線上にある(共線)
線が一点で交わる(共点)
頂点
向かい合う頂点
対辺
二直線の交点
二点を結んだ直線
(直線)に乗る点
(点)を通る直線
n 角形
n 辺形
内接する
外接する

最後の二行には少し補足が必要かも知れません. n 辺形とはあまり聞かない名前ですが,例えば三角形は三つの角を持つ図形(三角形)と見ても良いし,三つの辺を持つ図形(三辺形)と見ても良いわけです.ユークリッドの原論にも, n 辺形という言葉が出てきます.頂点の名前を使って,三角形 \triangle ABC と言う場合,公理2より各頂点は二直線によって決まると考えて,かなりくどい言い方ですが『直線 b,c で決まる頂点 A ,直線 c,a で決まる頂点 B ,直線 a,b で決まる頂点 C を結んだ三角形』と言い直せなくもありません.これに双対の原理を使うと,『頂点 B,C で決まる辺 a ,頂点 C,A で決まる辺 b ,頂点 A,B で決まる辺 c を結んだ三角形』となります.前者の表現は三角形,後者の表現は三辺形になっています.

Joh-DualityTriangle01.gif

また,円に内接する三角形を考えると,これは『円周上の三点 A,B,C を結んでできる三角形』という意味ですから,言葉を入れ換えて『円周上の三点 A,B,C で交わる三辺形』とすれば,円に外接する三角形になります.このように,双対原理を使うには,最初少しくどい言い方に置きなおさないと上手く置き換えが出来ない場合があります.幾つかの例を見てみましょう.一つ一つの単語を,正確に置き換えていけば良いだけですので,数学の証明というよりも翻訳のような作業です.

theorem

【パスカルの定理】円に内接する六角形で,対辺の延長線の交点は共線になります.

パスカルの定理の双対を考えてみると,『内接⇒外接』『対辺⇒相対する頂点』『対辺の延長線の交点⇒相対する頂点を結んだ直線』『共線⇒共点』と置き換えれば良いことが分かります.この結果は,ブリアンションの定理になります.

theorem

【ブリアンションの定理】円に外接する六角形で,相対する頂点を結ぶ三直線は,一点で交わります.

もう一つ, 非調和比とパップスの定理 で考えた系1と系2も双対になっています.ここに再掲します.

corollary

【系1】非調和比の等しい二つの点列があるとします.その点列の点同士を対応させて直線で結ぶとき,三組の対応射線が一点で交わるならば,残りの対応射線もその点を通ります.

corollary

【系2】非調和比の等しい二組の線束があるとします.三組の対応射線の交点が共線であるとき,残りの対応射線の交点もその直線上に乗ります.

『点列⇒線束』『一点で交わる⇒共線』『点列を結ぶ射線⇒射線の交点』『点を通る⇒直線に乗る』という置き換えで,系1から系2を導けることが分かります.このように,双対原理を使うと,既存の定理から,その双対定理をどんどん作ることが出来ます.数学史上,双対原理の発見ほど,定理の数を一挙に増やしたものはありません.

ジェルゴンヌとポンスレ

ポンスレ \text{(Jean Victor Poncelet (1788-1867))}ブリアンションの定理 にその名を残すブリアンション( \text{Charles Julien Brianchon (1783-1864)} )と同じく,画法幾何の創始者であるモンジュ( \text{Gaspard Monge (1746-1818)} )のもと,パリのエコール・ポリテクニクで幾何を学びました.アルベルティ( \text{Leon Battista Alberti (1404-1472)} )を始めとするルネサンス期の画家に端を発し,デザルグ( \text{Girard Desargues (1591-1661)} )やパスカル( \text{Blaise Pascal (1623-1662)} )によって,主に絵画の遠近法を応用として発展させられた射影幾何の分野でしたが,モンジュは要塞の築城法に利用することで大きな効果があることを見出し,画家だけでなく,建築家,土木技師,工兵士官,工学者たちの必須科目として熱心に画法幾何を教授しました.(現在の図学に近いものです.)フランスは革命とナポレオンの台頭という未曾有の動乱期にあり,軍用道路や要塞の設計技師が非常に必要とされていました.その後,ポンスレは メッツ の陸軍工科学校に入り, 1812 年にはナポレオンの ロシア遠征 に技術中尉として従軍しますが(ブリアンションも中尉でした), クラスノイの戦い で死んだと思われ,その場に取り残された結果,ロシア軍の捕虜になりました.(もっとも, 70 万人を超すフランス軍にうち生還したのはわずか 2 万人ほどでしたが,犠牲者の大部分は戦場での戦死ではなく,ポンスレのように遺棄され,凍死したり住民に殺されたようです.)ロシアの捕虜収容所はひどい施設で栄養も悪く,多くの捕虜が亡くなりましたが,ポンスレは持ち前の頑丈さで乗り切り,収容所内で何とか数学の勉強を続けました.面白いことに,教科書が全くない収容所の中で,ポンスレは昔勉強した色々な定理や公式の細部を全て忘れてしまい,結果として,かえって図形の最も本質的な性質だけを熟考することになったそうです.射影変換しても不変な円錐曲線の性質をこんな環境の中で熟考した結果,双対原理を発見し,射影幾何学の基礎が出来たのです.ただし,双対原理を世に発表したのは約五十年も後のことです.(一説には,ポンスレに反対するコーシー (Augustin Louis Cauchy (1789-1857)) の妨害があったともいいます.)フランスに帰ったあとのポンスレは,軍の技師,工学の教官などを歴任し,タービンの改良,水車の改良,機械の効率の理論など,主に工学的な研究を行いました.金属疲労という用語を始めて考案したのはポンスレだそうです.晩年のポンスレは,フランス史上屈指の有能な工学者として有名になり,ソルボンヌ大学の教授にもなり,数学の研究も行いましたが,むしろ,大学や国や軍の事務や雑務に追われ,その多忙ぶりは周囲も呆れるほどでした.例えば, 1851 にロンドンで開かれた世界最初の万国博覧会では,フランスの出展した機械類の展示責任者に任命されたりしています.現在でも,学者は有名になると雑務が増えて研究時間が減りますが,ポンスレほどの人には自由に研究できる環境を用意して,もっと後世の役にたつ発明・発見をして欲しかったと思います.

Joh-Poncelet01.png

ああ,人生山あり谷あり.

一方,ポンスレと並ぶ射影幾何の立役者であるジェルゴンヌ( \text{Joseph Diaz Gergonne (1771-1859)} )は,フランス東部のナンシーに生まれました.ジェルゴンヌの父は ,建築家であり画家でもありました.この時代のフランス人として,ジェルゴンヌもフランス革命の動乱に翻弄されました.国王ルイ十六世は 1791 年にフランスを脱出しようとして失敗し,ヴァレンヌで住民に捕まりますが,この事件は,革命思想の波及を恐れるオーストリアやプロイセンを刺激し,外国連合軍がフランスに干渉してくることとなりました.ジェルゴンヌは国民議会の呼びかけに応じ,国境警備の国民軍に志願します.その後の革命戦争と第一共和制期の戦争にはジェルゴンヌも従軍し,各地を転戦しますが,ナポレオン帝政期には除隊し,パリのエコル・ポリテクニクでモンジュのもとで数学を学びました.面白いことに,学術誌に論文がなかなか載らなかったジェルゴンヌは,後に Annales \ de \ Gergonne として知られるようになる学術誌を自分で出版してしまいました.この雑誌には,後にポンスレ,ブリアンション,シュタイナー( \text{Jakob Steiner (1796-1863)} ),プリュッカー( \text{Julius} {\rm Pl \ddot{u} cker} \text{(1801-1869)} ),ラメ( \text{Gabriel Lam\'e (1795-1870)} ),ガロア( \text{Evariste \ Galois \ (1811-1832)} )といった大物数学者が論文を掲載することになります.ジェルゴンヌの数学的な貢献で一番大きなものは,射影幾何の双対原理の発見です.この発見は,ポンスレとは全く別に,ほぼ同時期になされたため,ポンスレとジェルゴンヌの二人を双対原理の発見者と呼ぶのが公平なようです.

Joh-SaenredamStBavo.png

サンレーダム( \text{Pieter Jansz Saenredam (1597-1665)} )による, {\rm St. \ Bavo} 教会(スコットランド国立美術館蔵).見事な遠近法だが,人物をわざと小さく描くことで, 実際 よりも教会を少し大きく見せている.

射影幾何は,近年ではコンピューターグラフィクスの発達により,画像処理の方面でますます重要になってきています.(最近のコンピューターゲームの画像は映画みたいに綺麗で,いつもながら驚きます♪)また,トリック写真の鑑定や,証拠写真の分析などでは,射影幾何の知識を使って,被写体の大きさな角度,撮影者の高さなどを分析するそうです.純粋に数学的な研究対象としては,射影幾何はあまり流行っていないようですが(射影幾何学の先生ゴメンナサイ),射影幾何を物理学,生物学,化学等へ応用する試みは,いまだ未開拓の分野で,近年に面白い結果を報告されています.例えば,エドワーズ( \text{Lawrence Edwards (1912-2004)} )は,クライン( \text{Felix Klein (1849-1925)} )によって発見された W-カーブ と呼ばれる曲線を,自然の造形の中に精力的に探した人ですが,植物や動物の色々な曲線(貝殻のうずまき,花の種子の並び方,新芽の配列,卵の形,臓器の形,等々),タンパク質の構造,流体の渦などのさまざまな曲線が,W-カーブによって表現できるそうで,W-カーブとは連続的に射影変換を行うことで描ける曲線だそうです.( 参考2 )こんな分野も面白そうです.双対原理の話からは,だいぶ脱線しましたが.