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スピンの回転の数理

この記事は,スピノールの回転がなぜ

\exp \left( - \dfrac{i \alpha}{2} (\bm{n} \cdot \bm{\sigma}) \right)\tag{1}

で実現できるかを示します. \bm{n}=(n_x,n_y,n_z) であり,絶対値 |\bm{n}|=1\bm{n} の方向が回転軸の方向です.(右ねじの関係です.)そして, \alpha が回転角の大きさです.私の 以前の記事 では,『EMANの物理学』さんの スピノールの記事 を引用しましたが,EMANさんはz軸方向の回転のみをお扱いになっておられたので,他の軸の回転も含めて理由を説明したいと思います.

無限小回転と有限回転

何らかのパラメータ \phi を持った関数 f(\phi) の微小回転は,

f(\phi + d \phi) = \left( 1+d \phi \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right) f(\phi)\tag{2}

で表現できます.

パラメータ増分 \phi_0 の有限回転にするには,これを \phi_0/d \phi 回行い, d \phi \to 0 に近づけます.

f(\phi + \phi_0) &= \lim_{d \phi \to 0} \left( 1+d \phi \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right)^{\phi_0/d \phi} f(\phi) \\&= \exp \left( \phi_0 \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right) f(\phi) \tag{3}

これは後で使います.

任意方向のスピノール

パウリ行列を

\bm{\sigma} &= (\sigma_x,\sigma_y,\sigma_z)  \\\sigma_x &= \begin{pmatrix}0 & 1 \\1 & 0\end{pmatrix} \\\sigma_y &= \begin{pmatrix}0 & -i \\i & 0\end{pmatrix} \\\sigma_z &= \begin{pmatrix}1 & 0 \\0 & -1\end{pmatrix}\tag{4}

とします.ここで, (\theta , \phi) 方向を向いたスピノール | \chi \rangle を考えます. それは,

| \chi \rangle = \begin{pmatrix}\cos \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\sin \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix}\tag{5}

となります.これは,スピノールの向く方向を表す単位ベクトル \bm{n} を使った固有値問題,

(\bm{n} \cdot \bm{\sigma}) | \chi \rangle = \lambda | \chi \rangle \tag{6}

の固有スピノールです.

接スピノールを集める(z軸周り)

ここで, | \chi \rangle の偏微分を考えます. \dfrac{\partial}{\partial \phi} は解釈がしやすいです. やってみましょう.

\dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \phi} &= -\dfrac{i}{2}\begin{pmatrix}\cos \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\-\sin \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix} \\&= -\dfrac{i}{2}\begin{pmatrix}1 & 0 \\0 & -1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\sin \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix} \\&= -\dfrac{i}{2} \sigma_z | \chi \rangle\tag{7}

よって, z 軸周りの角度 \alpha_z 回転は,

| \chi(\theta, \phi + \alpha_z) \rangle &= \lim_{d \phi \to 0} \left( 1 + d \phi \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right)^{\alpha_z/d \phi} | \chi(\theta, \phi) \rangle \\&= \exp \left( \alpha_z \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right) | \chi(\theta, \phi) \rangle \\&= \exp \left( - \dfrac{i}{2} \alpha_z \sigma_z \right) | \chi(\theta, \phi) \rangle \tag{8}

ですから,

Z(\alpha_z) &\equiv \exp \left( - \dfrac{i}{2} \alpha_z \sigma_z \right) \\&= \begin{pmatrix}e^{- i \alpha_z /2} & 0 \\0 & e^{ i \alpha_z /2} \end{pmatrix}

接スピノールを集める(y軸周り)

次に, \dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \theta} を求めます.

ここで,パラメータを設定しておきます.詳しくは図を見てください.

chromel-spinRotation2-01.png

ここで x 系は空間の基本的な枠組みでそこでスピノールの向きが指定されます. 一方, x^\prime 系はスピノールの \phi 方向を x^\prime 軸に合わせたものです. つまり,いつスピノールを見ても, x^\prime z^\prime 平面にスピノールがあります.

何を意図しているか言ってしまうと, x 系は演算 \sigma_i と深い関係があり, x^\prime 系は \dfrac{\partial}{\partial \theta},\dfrac{\partial}{\partial \phi},\dfrac{\partial}{\partial \psi} と関係が深いです.

ここで, 複雑な回転を単純な回転で表す方法 を知っていると分かりやすいですが, 一応,こちらで必要な分だけ説明しようと思います.

今, \sigma_zz 軸周りの回転 \phi での微分を表すのでした. 同様に, \sigma_yy 軸周りの回転方向の接スピノールを得る操作と考えられます. しかし,今回は \dfrac{\partial}{\partial \theta}y^\prime 軸周りの回転方向の接スピノールを得る操作を表します. なぜならば, \theta はスピノールの向きを表していて,その向きから d \theta だけ変化する方向を考えるからです. ここで,以下の操作を考えます.

Z(\phi) \left( - \dfrac{i}{2} \sigma_y \right) Z(- \phi) | \chi(\theta,\phi) \rangle\tag{9}

この操作は \dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \theta} を表しています.

1.まず, | \chi \rangle があります.

2.これを z 軸周りに -\phi だけ回転させて,xz 平面内にスピノルを持ってきます.

3.ここで \dfrac{\partial}{\partial \theta_0} = - \dfrac{i}{2} \sigma_y を施し, \theta_0 方向の接スピノールを求めます.

4.最後に z 軸周りに \phi だけ回転させて, \dfrac{\partial}{\partial \theta} を施した \dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \theta} を得ます.

つまり,この一連の操作は, y^\prime 周りの回転 \theta 方向への接スピノールを求めたことになります.

\dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \theta} &= Z(\phi) \left( - \dfrac{i}{2} \sigma_y \right) Z(- \phi) | \chi(\theta,\phi) \rangle \\&= \begin{pmatrix}e^{-i \phi /2} & 0 \\0 & e^{i \phi /2} \end{pmatrix}\begin{pmatrix}0 & -1/2 \\1/2 & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{i \phi /2} & 0 \\0 & e^{-i \phi /2} \end{pmatrix} | \chi(\theta,\phi) \rangle \\&= \dfrac{1}{2}\begin{pmatrix}0 & -e^{-i \phi} \\e^{i \phi} & 0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\sin \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix} \\&=\dfrac{1}{2}\begin{pmatrix}- \sin \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\cos \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix}\tag{10}

の関係があります.これで, \theta 方向の接スピノールも得られました.

確認をしておくと,実際,スピノールを微分した結果と比べると,

\dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \theta}&= \begin{pmatrix}\partial_\theta \cos \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\partial_\theta \sin \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix} \\&=\dfrac{1}{2}\begin{pmatrix}- \sin \dfrac{\theta}{2} e^{-i\frac{\phi}{2}} \\\cos \dfrac{\theta}{2} e^{i\frac{\phi}{2}}\end{pmatrix}

と一致します.

接スピノールを集める(x軸周り)

最後に \psi の接スピノールです.これは,最初分かりませんでした. でも,こう考えればよいです.

さっき, y^\prime 軸周りの回転を表すのに -\phi 回転させ, y^\prime 軸を y 軸にもってきました. 今度は, \dfrac{\pi}{2}-\phi 回転させて, \theta_0 軸周りに - \dfrac{i}{2} \sigma_y で接スピノールを求め, 最後に -\dfrac{\pi}{2}+\phi 回転させたものが, \dfrac{\partial}{\partial \psi} となります.つまり, x^\prime 軸周りの回転方向の接スピノールが求まった訳です.

chromel-spinRotation2-02.png

よって,今度は,

\dfrac{\partial | \chi \rangle }{\partial \psi} &= Z(-\dfrac{\pi}{2}+\phi) \left( - \dfrac{i}{2} \sigma_y \right) Z(\dfrac{\pi}{2} - \phi) | \chi(\theta,\phi) \rangle \\&=\begin{pmatrix}e^{-i(-\pi/4 + \phi /2)} & 0 \\0 & e^{i(-\pi/4 + \phi /2)}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0 & -1/2 \\1/2 & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{-i(\pi/4 - \phi /2)} & 0 \\0 & e^{i(\pi/4 - \phi /2)}\end{pmatrix}| \chi(\theta,\phi) \rangle \\&=\begin{pmatrix}e^{-i \phi /2} & 0 \\0 & e^{i \phi /2}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0 & -i/2 \\-i/2 & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{i\phi /2} & 0 \\0 & e^{-i\phi /2}\end{pmatrix} \\&= Z(\phi)\left(- \dfrac{i}{2} \sigma_x \right)Z(-\phi) | \chi(\theta,\phi) \rangle\tag{11}

が間接的にではありますが,示せました.

最初の z 軸周りの接スピノールも形式を揃えて,リストにすると,

\dfrac{\partial}{\partial \psi} &= Z(\phi)\left(- \dfrac{i}{2} \sigma_x \right)Z(-\phi) \\\dfrac{\partial}{\partial \theta} &= Z(\phi)\left(- \dfrac{i}{2} \sigma_y \right)Z(-\phi) \\\dfrac{\partial}{\partial \phi} &= Z(\phi)\left(- \dfrac{i}{2} \sigma_z \right)Z(-\phi)\tag{12}

となる訳です.(左辺は一応行列だと思います.スカラーとして Z を左辺に移すとスカラーだった場合, Z(-\phi)Z(\phi)=E で打ち消されてしまうから, \dfrac{\partial}{\partial \psi} = - \dfrac{i}{2} \sigma_x という間違った数式になるからです.ここらへんは難しいです..)

本題

ここで,微小回転 R(\bm{n},d\alpha) を,回転軸の方向を持つ単位ベクトル d \alpha \bm{n} = d \alpha (n_x,n_y,n_z)d \alpha は微小回転角)を用いて表せて,

R(\bm{n},d\alpha) &= d \alpha \left( n_x \dfrac{\partial}{\partial \psi_0} + n_y \dfrac{\partial}{\partial \theta_0} + n_z \dfrac{\partial}{\partial \phi_0} \right) \\&= d \alpha Z(-\phi) \left( n_x \dfrac{\partial}{\partial \psi} + n_y \dfrac{\partial}{\partial \theta} + n_z \dfrac{\partial}{\partial \phi} \right)Z(\phi) \\&= -\dfrac{i}{2} d \alpha (n_x \sigma_x +n_y \sigma_y +n_z \sigma_z) \\&= -\dfrac{i}{2} (\bm{n} \cdot \bm{\sigma}) d \alpha \\&\equiv R d \alpha\tag{13}

となります.注意として微小回転ならば,有限回転と違って足し合わせるし,可換になります.

後は, \bm{n} 軸周りの微小回転が表現できたので,

R(\bm{n},\alpha) &= \lim_{d \alpha \to 0}(1+R d \alpha )^{\alpha/d \alpha} \\&= \exp \left( - \dfrac{i \alpha}{2} (\bm{n} \cdot \bm{\sigma}) \right)\tag{14}

これがスピノールを回転軸 \bm{n} として,その方向を右ねじが進む方向に一致させた回転角 \alpha だけ回転させる演算です. それでは今日はここまで.お疲れ様でした.