この記事では,引き戻しと呼ばれる概念を説明します.順を追って理解していけば,それほど難しいことはないと思いますが,ここで躓く人が多いのも事実ですので,ゆっくり慌てずに消化していって下さい.この記事の内容には,微分形式はほとんど出てきません.写像の話ばかりですので,線形代数が得意な人は,この記事は飛ばしても大丈夫だと思います. 微分形式の引き戻し2 で,引き戻しを微分形式に適用することを考えます.
まず,『全微分は座標系によらない』という話から始めましょう.このことは 外微分 で勉強しましたが,例えば関数 を
デカルト座標系で表現しても,
球座標系で表現しても全微分は同じでした.
ただし,このような二種類の表現が出来るというのは, と
の間に 滑らかな座標変換が定義されている からです.普通のデカルト座標と球座標ならば,次式の変換を考えることが出来ます.
[*] | 先ほど,『滑らかな座標変換』と書きましたが,変換のヤコビアンが退化しないためには,少なくとも ![]() ![]() ![]() |
さて,この座標変換を,上図のように,一つの空間上に二つの座標系を重ねて考える人がいると思いますが(デカルト座標系を黒で,球座標系を赤で書きました),ここでは次図のように『座標変換とは 系の世界から,
系の世界への写像である』と考えることにします.(本当は全く同じことなんですが,このように見たほうが,より現代数学的です.あくまでも直観的イメージの問題です.写像という考え方に馴れて欲しいのです.)
前セクションでは,デカルト座標系 から,球座標系
への座標変換という,物理でもお馴染みの例を考えました.ここでは,特定の座標系の形は忘れて,最初の座標系を
と書くことにします.これを,異なる三次元の座標系
に移したのでは面白くないので,二次元の座標系
に写像することを考えて見ましょう.『え!?違う次元にしちゃっていいの?』と思う人がいるかも知れませんが,
を次式のように表現できれば,ちゃんと写像があるという意味ですから,いいんです.
この座標変換のヤコビ行列は 行列の形になります.
三次元を二次元に写像する場合というのは,例えば 空間内の立体図形に光を当て,
平面に影を映す様子を想像すれば了解できると思います.
[†] | ただし,上図のようなイメージだけでは,ちょうど光線と平行になった直線が, ![]() ![]() ![]() |
前セクションの逆で,今度は,二次元 で考えていたものを,三次元
に移すことだって出来ます.もちろん,十分に滑らかな(できれば
級の)写像があることを想定しています.この座標変換のヤコビ行列は
行列の形になります.
このような写像がある,と言っているのですから,安心して写像していれば良いのですが,二次元の物をいきなり次元を上げるのには抵抗があるかも知れません.しかし,写像が十分に滑らかであるというのは,このように像の次元を上げて,『膨らませて』も良いということなんですね.この場合も,式 のヤコビアンの階数が退化せず,
であることが必要(そして重要)です.
[‡] | もし私が二次元生物だとして,『本当はお前は三次元生物の影なのだ』と言われたら,かなりショックだと思います.しかし,そんな物なのかも知れません.きっと,私達は四次元生物の影なんでしょう.近視眼的だというのは,悲しいことですね.ルルルラララ♪ |
さて,今まで変数の写像ばかり話をしてきましたが,関数の写像ということを考えます.(ここから混乱する人が多いので,ゆっくりしっかり考えて下さい.)前の二つのセクションの内容を統合し,一般に,変数 を
に変換する(
次元→
次元)場合を考えます.この座標変換を表わす写像を
と書きましょう.(さっきの例の球面座標の角度
とは関係ありません.念のため.)
ここで,『変数 の世界』と『変数
の世界』は,簡単のためそれぞれ
と
で表わすことにします.
は,この二つの世界を結ぶ写像です.
[§] | もし多様体の概念を知っている人は,この ![]() ![]() |
さて,いきなりですが, 上で定義される,ある関数
を考えましょう.
によって実数が一つ決まるとすると,
は次のような写像であると考えられます.
さっきの図に,この写像を書き足してみます.
こう書いてみると, から
へ直接行く写像も欲しくなりますね♪ そんな写像だってあるはずですから,これを関数
と書きましょう.
は,
という写像で,
となるはずです.
さて,基本的に と
は写像
を介して,同じ値になるはずです.(回り道しても,行き先は一緒ですよね.)つまり,次式が言えます.
両辺を見比べて,関数 は,
と
の合成写像であることが分かります.合成写像は,記号
を使って示すことにします.
この を,
の 引き戻し (
)と呼びます.変な名前ですが,元来,
上で(変数
のために)定義されていた関数
が,
を
に移す写像
を使うことで,
上の関数
に移されたということです.ここで本質的に働いているのは,
だけですね.恐らく,『写像
が,逆に
上の関数
を
上に引っ張ってきた』というイメージで,引き戻しと命名されているのだと思います.引き戻しを決めるのは
だけですから,
によって一意的に決まる写像
を使って,
のように書いても良いでしょう.つまり,
は
上の 関数を
上の 関数に 移す写像です.
theorem
変数の写像 によって,
上の関数は
上に引き戻されます.
[¶] | 注意しておきますが, ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
[#] | 式 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |